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どこへ向かっているの? チョウを見る目が変わるかも - 朝日新聞社

どこへ向かっているの? チョウを見る目が変わるかも

撮影/猪俣博史

『チョウはなぜ飛ぶか』

「小学校のころ、ぼくはおもしろいことに気がついた」。今回ご紹介する本は、こんな一文で始まります。著者の生物学者・日高敏隆先生が小学校4年生の時に気がついたこと、それがタイトルの『チョウはなぜ飛ぶか』。名著がこの春、岩波少年文庫で復刊されました。

日中戦争が激しくなり、太平洋戦争へと拡大する直前の軍国主義的な雰囲気の中、体が弱く臆病だった日高少年は、学校の先生たちから「お前なんか日本のじゃまだ。早く死んでしまえ」という、今なら即刻ニュースになるような罵声を浴びせられたそうです。そのせいですっかり学校が嫌になりますが、おかげで昆虫の観察の面白さに目覚めたのです。

中学生になった日高先生は、ドイツ人の動物学者ユクスキュルの『生物から見た世界』という本と出会います。のちに日高先生はこの本を翻訳することになるのですが、この本のテーマが「環世界」、つまり生き物にはそれぞれの知覚世界があり、それに沿って行動しているという考えです。

日高先生はまずアゲハチョウを見ていると、どうも飛ぶ道筋が決まっているようだ、そんなことに気がつきます。それは一体なぜなのかと研究を続け、「チョウ道」のなぞを突き止めます。

戦時中は疎開先の大館市(秋田)で、終戦後は房総半島の東浪見(千葉)で。本書の臨場感あふれる丁寧な経過観察の記述は、読者も日高先生と一緒に、木漏れ日のあふれる森林の中をチョウを追いかけて冒険しているような気分になれます。

また「チョウのオスはどうやってメスを見つけるのか」という問いでは、様々なものをメスに見立て、オスのチョウがどれに惹(ひ)きつけられるか実験をするのですが、まるで人間とチョウのだましあいのような様子は、思わずクスッと笑ってしまう面白さです。

それに、人間でも、昆虫とあまりかわらないように行動している場合がずいぶんと多い。女の子が男の子を見ると思わず意識したり、男の子が思わずかわいい女の子をちらっと見てしまったりするのは、そのいい例だ。(p.194より)

チョウも人間も、しょせんは同じ生き物。出された結論の一文は、実に痛快です。

「わからない」は、ゆたかなこと

チョウの生きざまを知ることが何の役に立つのか、日高先生は自らそんな問いを立て、それに対しこんなことをおっしゃっています。

アゲハチョウはただの虫である。(中略)でも、彼らには彼らなりの世界がないとは思われない。それはどんなものだろう。もしそれをすこしでも知ることができたら、ぼくらの自然というものの理解が、すこしは深まるかもしれないし、それによって、ぼくら自身のことが、もうすこしわかってくるかもしれない。現代はとくにそういうことが大切であるように、ぼくには思われるのだ。(p.211、212より)

復刊にあたり、巻末に収められた舘野鴻(ひろし)さんの文章は、とりわけ今の子どもたちに届けたい言葉がたくさん詰まっています。

自然のなぞに近づくことはできても、真実はすぐさまどこかへ身をかくしてしまう。そしてまた近づいてみる。いつまでたってもそのくりかえしで、終わりはないけれど、それでいいのではないだろうか。結果は出なくても、今やってみることが大切だし、わからないことがあるのは、とてもゆたかなことだと思うから。(p.259より)

この春の休校中に書店に来てくれて、閉店間際まで本を食い入るように読みふけっていた子どもたちの瞳。彼・彼女たちが、何でもいいから追いかけたいなぞや夢中になれる研究に出会えたら、どんな世の中でもきっと辛抱強く、そして楽しく生きていけるはず――。私にはそんなメッセージと受け取れました。

読書中は、まるでチョウになって軽やかに飛んでいるような感覚になり、読後は街中でチョウを見かけたら思わず立ち止まって見守る習慣を得られる。自然世界の見方を教えてくれる、盛りだくさんの一冊です。

(文・川村啓子)

     ◇

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    湘南 蔦屋書店 児童書・自然科学コンシェルジュ。
    読書といえば小説が主で大学も文学部、ずっと「人間のこと」ばかり考えてきましたが、このお仕事に出会ってからは「人間以外のこと」を思う時間が増えました。いま気になっているのは放散虫。「自然界は美しいものだらけです」

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