スポーツ界もＤＸ始まった陸上日本選手権に見るコロナ対策最前線＜スポーツは考える＞ - 東京新聞

　新型コロナウイルスによって生活が一変した２０２０年。スポーツ界も多くの大会が延期や中止を強いられた。そんな停滞を打破しようと、動き始めた人たちがいる。コロナ後に実施されたスポーツイベントとしては、国内最大級となった陸上の日本選手権の舞台裏を取材した。

　高校生から社会人までのトップ選手が参加する陸上の日本選手権は１０月１日から３日間、新潟市のビックスワンスタジアムで行われた。選手、関係者合わせて約３０００人が集う大会。最大の懸念であるコロナ対策を担当した新潟アルビレックスランニングクラブ普及部の田中義雄部長（３８）は「これからのスポーツイベントは新しい形の中でやるしかない。ここでしっかりとした対策を示し、ロールモデル（模範）にしたい一心で臨みました」と話した。

◆アプリで事前に体調チェック

　徹底したのは選手たちの動線に「密」を作らないこと。そこで用いたのが、スマホアプリだった。

左はテレサを使って受付する選手、右はテレサのデモ画面（いずれも新潟アルビレックスランニングクラブ提供）

　同クラブでは「テレサ」と呼ばれる体調チェックアプリを開発。参加者のスマホに登録してもらい、大会の１週間前から体温などの健康状態を入力できるようにした。データベース上で一括管理できるため、体調不良者を事前に把握できるほか、参加者は当日はスマホを機械にかざすだけで、手続きが完了した。

　さらにＡＩ搭載の検温機器も活用した。カメラに顔をかざすだけで瞬時に体温を検知。マスクをしたままで測ることができる仕様になっている。

左がＡＩ搭載の検温機器。右はそれを使い検温する競技役員たち。手続きはスムーズに進んだ

　これまで多くの大会では体温記録などを用紙に記入して提出を求めていたが、事前に情報が得られなかったり、用紙を紛失したりして受付で混雑することが多かった。「今回は滞ることなく対応でき、「選手も『えっ、これで終わり？』という顔をしていました」と田中部長も驚く。

　ほかにもメガホンの使い回しと飛沫防止の「ハンズフリーマイク」や「靴裏消毒フロアマット」を活用。また、レース直前までマスク着用を義務付けるなど、徹底した対策のおかげで一人の感染者も出さずに無事終了した。

左はハンズフリーマイクで対応する係員。右は足裏消毒マット

◆大型イベントの開催に道

　大会は３日間合計で５０００人を超える観客を入れて行われた。選手、観客とも問題が起きなかったことで、東京五輪へ続く大型スポーツイベントの開催に道が開けたことになる。データ管理と非接触でコロナに対抗した手法は評判を呼び、田中部長は「ありがたいことに大会後、うちでも使いたいという問い合わせを多くいただきました。次はマラソンなどロードでどうするかを考えていきたい」。一般企業でも適用できるアイテムだけに今後のビジネス展開も視野に入れている。

　今年の注目ワードの一つに、デジタルトランスフォーメーション（ＤＸ）がある。ＤＸとは、最新のデジタル技術を活用し、企業や組織がビジネスモデルを変革することを指す。スポーツ界ではまだまだ始まったばかりだが、コロナを機に運営側の意識が変わったことに意義があると思いたい。

　残念ながら、コロナの流行は今後も増えたり減ったりを繰り返しながらしばらく続くのだろう。だとすれば、現場のために、働く人のために、「接触しない」、「密にならないよう」に見直すのは必然で、そこにＤＸを活用できるかが鍵となる。コロナがある程度落ち着いてきたからといって元に戻す企業と、これを機に踏み込んだデジタル化に取り組む企業。差が付くのはどちらなのか。経費節減や部署の再編だけがコロナ対策ではないようだ。（編集委員・谷野哲郎）